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Monday, September 28, 2020

等身大で食べたい中華。穏やかな酸味、舌でとろける酸辣湯/Le Petit Pékin - 朝日新聞社

連載「パリの外国ごはん」では三つのシリーズを順番に、2週に1回配信しています。
《パリの外国ごはん》は、フードライター・川村明子さんと料理家・室田万央里さんが、暮らしながらパリを旅する外国料理レストラン探訪記。
《パリの外国ごはん そのあとで。》では、室田さんが店の一皿から受けたインスピレーションをもとに、オリジナル料理を考案。レシピをご紹介します。
この《パリの外国ごはん ふたたび。》は川村さんによる、心に残るレストランの再訪記です。

秋分の日がやってきた。もう随分と遠い昔のように思える春分の日を振り返って、この半年という時の経過に、つかみどころの無さを感じつつ、その間、地味にもがいてきたようにも思える自分が、ここへきてやっと等身大でいられるようになったかもしれない。と、少し肩の力が抜けた時に、ふっと「Le Petit Pékin(ル・プティ・ペキャン)の汁麺を食べに行きたい」と思った。記憶の中にある、脂っ気も塩気も主張もない、食べ手に寄り添うような味付けだったLe Petit Pékinのスープを、すすりたくなった。

中華だし、大勢で食べた方がきっと楽しい。近くに住む友人に声をかけようかとも思ったけれど、スープに静かに向き合いたい気がして、1人でランチに行くことにした。

着くと、この店もテラス席を設けていた。店内には、程よく空席があり、壁際のテーブルに案内された。早速、メニューに目を通す。以前と少し変わったようだ。品数が増えていて、ラインナップも違う。すぐに、汁麺がないことに気がついた。

等身大で食べたい中華。穏やかな酸味、舌でとろける酸辣湯/Le Petit Pékin

他にもいくつか変わった点があるけれど、一番大きな文字かつ太字で、料理より先にまず目がいく「すべての料理はグルタミン不使用です」の注記は健在だ。レギュラーメニューの中に惹(ひ)かれる料理が何品もあり、目移りした。

ふと、今日の料理に目をやると、potage pekinois(ポタージュ・ペキノワ) 北京酸辣湯(サンラータン)があった。汁麺はなくとも、スープを食べられるなら、うれしい。さらにその下には、nouilles froides (=cold noodles) 拌凉面(バン・リャン・ミエン)と書かれているではないか! 豚ひき肉にきゅうり、もやし、あとmaodouなるものが具らしい。

冷やし中華は大好きだ。でも、ランチメニューに書かれている焼きそばも気になっていた。焼きそばも大好物なのだ。ただ、今週中にお天気が秋へと移行し、朝の気温は10度前後になると予報が出ていた。そうしたらもう凉面の季節は終わるだろう。そう思い、北京酸辣湯と拌凉面、それに、菊と干し豆腐のサラダ、という前菜も取ることにした。

注文してから、maodouを調べてみると、枝豆だそうだ。枝豆を麺の具にするのかぁ。期待が高まる。

等身大で食べたい中華。穏やかな酸味、舌でとろける酸辣湯/Le Petit Pékin

私の座った席の前は、厨房(ちゅうぼう)から入り口に向かっての通路で、他のテーブルへ運ばれる料理が通っていく。顔を上げていれば、ちょうど目線の高さで、いろいろな料理が左から右へと通過する。いやが応でも気になった。中でも、この日最も頻度が高かったのが、宮保鶏丁(ゴンバオヂーディン)、鶏肉とカシューナッツの炒め物だ。この店ではきゅうりを加えるらしい。

店内にはなじみ客が多そうだったから、きっとおいしいのだろう。右斜め前、窓側のテーブルの4人組は、うち3人が焼きそばを頼んでいた(残りの1人は拌凉面)。私が迷いに迷った焼きそばは太麺で、ちょっと焼き目のついた濃い茶色をしていた。鮮やかな色味がどこにも見えない潔い姿が、実に魅力的だ。

なんとも楽しい席に座ったなぁ~とホクホクしていたら、酸辣湯が運ばれてきた。見た目は、パリでよく見るpotage pekinoisと変わらない。だけれど味は、やはり違った。

等身大で食べたい中華。穏やかな酸味、舌でとろける酸辣湯/Le Petit Pékin

いきなり刺激してくる存在がない。酢の酸味、コショウの刺激、唐辛子の辛味。何かしらが、“キーン” “ツーン”と突いてくるのが酸辣湯の常、という思い込みを崩してきた。もちろん酸味はちゃんとあって、キリッとした味なのだけれど、舌の上でとろみの中に溶けていく。レンゲの肌が薄めで口にいれやすく、それも食べやすさを助長した。

スープを食べている途中で、サラダも出てきた。「菊の」とあったから、菊の花があしらわれているのかと想像していたら、春菊のようだ。食べながら、そうだ、そうだった、と思い出した。この店の味は、塩気や酸味にきつさがないだけではなくて、油っこさがないのだった。だから中華なのに、どこかまろやかで、家のごはん、ひいては実家のごはんを思わせる。

等身大で食べたい中華。穏やかな酸味、舌でとろける酸辣湯/Le Petit Pékin

おそらくしょうゆと酢がベースの味付けも、湯がいた春菊にタレを絡めてから、再度ぎゅっと絞っているのだろう。しっかり味は絡んでいるのに水っぽくなくて、皿の上に汁気もない。下地はまろやかなこのサラダは、しかし、なかなかに刺激的だった。少し砕いた程度で、ほぼ粒の状態の花椒がところどころに見て取れる。スープで温まっていた体が、さらに熱を帯び、口の中はスースーした。

拌凉面は「下にタレがあるので、よく混ぜてから食べてくださいね」というアドバイスを伴って登場した。その姿を見て、さらに期待が高まった。どんな味だろう? フォークが添えられていたので、お箸とフォークでよく混ぜる。和(あ)えると、また花椒が顔を見せた。

等身大で食べたい中華。穏やかな酸味、舌でとろける酸辣湯/Le Petit Pékin

麺のタレは、サラダの味付けとベースは同じかもしれない。家で作る冷やし中華にも通ずる味だ。麺は少し太めでコシがあり、中華料理店では出合ったことのないもので、まじまじと見てしまった。自家製だろうか? それほど量があるようには見えなかったひき肉は、ショウガとニンニクがバシッと効いて思いのほか存在感があり、肉みその油をまとった麺はプリッとした食感を増して、粉物を食する喜びを感じた。

ひき肉にまみれて、繊維質のないタケノコのような、ごく小さな角切りにされた半透明の何かが、口の中でぷるんと躍り、気になった。漢字で書いて搾菜(ザーサイ)かと聞いてみると、搾菜だった。こんな凉面がパリで食べられるのかぁ、とその味わいに一気に気持ちまで満たされて、道半ばならぬ麺半ばにして、ひと息ついた。

等身大で食べたい中華。穏やかな酸味、舌でとろける酸辣湯/Le Petit Pékin

ほっとして、窓の外を眺めた。感慨深かった。ほとんどの中華系の店なら、ここまで食事が進むまでに私は、鼻が無性にムズムズしてくしゃみをするか、のどがイガイガしているか、頭痛がゴンゴン鳴り響いているか、あるいはぼーっとして眠気に襲われている(添加物やうま味調味料に敏感なのです……)。その一つもなかった。何ものにも邪魔されず、味わいをまっすぐに楽しめることが、ただただありがたかった。

そして、たとえば、サラダからも、よく和えた麺からも、余分な汁気が出てくることはなく、加えられたひと手間がうかがえる。自分にもし子供がいたなら、「中華食べに行こうか」と言って向かえるこんな店が近所にあったなら、どんなに心強いだろうと思う。

小さなポーションのお菓子が盛りあわせられたカフェ・グルマンで、締めることにした。すり潰したエンドウ豆を冷やし固めたものは、前回ほど違和感を覚えず、口の中がさっぱりすると感じた。そして餅アイスに、黒い粒は何かと思ったらキンカンのコンフィ。ゴマとピーナツのおこしはコーヒーによくあって、大大満足のランチを終えた。

等身大で食べたい中華。穏やかな酸味、舌でとろける酸辣湯/Le Petit Pékin

Le Petit Pékin(ル・プティ・ペキャン)

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    《パリの外国ごはん》 

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  • PROFILE

    川村明子

    東京生まれ。大学卒業後、1998年よりフランス在住。ル・コルドン・ブルー・パリにて製菓・料理課程を修了後、フランスおよびパリの食を軸に活動を開始。パリで活躍する日本人シェフのドキュメンタリー番組『お皿にのっていない時間』を手掛けたほか、著書に『パリのビストロ手帖』『パリのパン屋さん』(新潮社)、『パリ発 サラダでごはん』(ポプラ社)、『日曜日はプーレ・ロティ』(CCCメディアハウス)。
    現在は、雑誌での連載をはじめnoteやPodcast「今日のおいしい」でも、パリから食や暮らしにまつわるストーリーを発信している。

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