働く環境の変化が急激に進み、仕事のスキルや知識の賞味期限が短期化しています。従業員の能力開発は、企業がこれからの時代を生き抜くのに重要な施策です。この記事で、組織コンサルティングが専門の中小企業診断士が、能力開発の定義を整理した上で、導入の注意点や具体的な手法をご紹介します。
能力開発とは
能力開発とは、個人の能力を向上させるための施策であり、一般的にはOJT、集合研修、自己啓発などがその具体的な手法です。
『2022年版 中小企業白書・小規模企業白書』において、「計画的なOJT研修、OFF-JT研修いずれも実施している企業では、売上高増加率が最も高い」(同資料 p.40)とされ、「計画的なOJT研修やOFF-JT研修を実施し、従業員の能力開発を進めることが重要」(同)との結果が出ており、能力開発が企業の成長に良い影響を与える可能性の高さを示唆しています。

出典:2022年版 中小企業白書・小規模企業白書 p.40│経済産業省
生産性が高まる理由には、能力開発に以下の3つのメリットがあるからと考えられます。
- 成長実感による働きがいの創出
- 業務の質・量向上による働きやすさの創出
- 視野の広がりと問題解決能力向上によるイノベーションの推進
また、停滞感や中だるみを防止し、望まない離職を避けることにもつながります。目の前の業務に追われ、能力開発に時間を割けなかった企業も、これらのメリットに目を向けて将来のために取り組んでみてはいかがでしょうか。
能力開発を実施する上でのポイント
企業が従業員の能力開発を実施するためのポイントは、主に次の3点です。
- 一過性の能力開発にしないために育成計画を立案する
- 従業員に理論と実践の双方を意識させる
- ベンダー任せ・現場任せにせず、経営層や人事が熱意をもって取り組む
順に詳しくご紹介します。
一過性の能力開発にしないために育成計画を立案する
中小企業でよくありがちな能力開発が、一過性の研修です。トラブルなど眼前の問題を解決しようと実施するのですが、対症療法なため根本的な解決に近づかず、組織にスキルやノウハウが根付きにくい傾向があります。
このことを防ぐためにも、能力開発を実施する前に、自社の経営理念やあるべき人材像を見つめ直し、キャリアステップや必要なスキルの棚卸をしておくことが重要です。長期的な視点で自社の人材の成長を描くからこそ、場当たり的な対応に陥らず、計画的な人材育成につなげることができます。
キャリアステップのイメージは、新入社員、中堅職、管理職など、どのような階層を経て成長していくのかを示します。このステップや職務に応じて、どのようなスキルが必要になるのかを整理することで、能力開発の内容や手段が明確化されます。
従業員に理論と実践の双方を意識させる
能力開発により新しい知識を補充して視野を広げることは重要ですが、頭でっかちにするだけでは意味がありません。従業員自身が、得た知識や考え方を現場で活かせるようなカリキュラムであることも重要です。
研修であれば、実践でどのように活用するかをイメージさせるワークを入れたり、研修後のフォローアップを充実させたりするのも良いでしょう。また、通信教育の後に、現場での実践を行い、その後フォローアップ研修を実施するなどの工夫も、理論と実践が結びつきやすくするための工夫となります。
一方、実践だけに重きを置くと、眼前の仕事をこなす能力は伸びるものの、視野が広がらずに思考が硬直化しやすくなります。変化の激しい時代だからこそ多面的に物事を見る幅広な思考と、深く突き詰めて考える粘り強さを養うために、普遍的な理論も学ばせる必要があるでしょう。
ベンダー任せ・現場任せにせず、経営層や人事が熱意をもって取り組む
ベンダー任せの研修や、現場任せのOJTを実施していると、教育の目的を理解されないまま能力開発が行われてしまいがちです。受講側の動機づけが曖昧なまま能力開発が行われると、意欲や熱意が喚起されず、能力開発の効果が薄れやすくなります。
具体的には、研修が始まる前に人事担当や経営者が、研修の狙いや目的を言葉で伝えると良いでしょう。この研修から何を得られるのか、組織として何を求めているのか、文章ではなく声で伝えることで、受講者に熱意や想いが伝わり、受講動機が高まりやすくなります。
OJTも現場任せにするのではなく、OJT制度として位置づけ、指導方法の教示や向き合い方の指導、OJT計画書の整備など組織としての運用方法を仕組化しておくと良いでしょう。OJTはとかく指導者任せになりやすく、うまくいかないときに上司も部下も不幸になるため、組織だって行うことがポイントです。
能力開発の効果が薄い場合、受講者や講師、指導者、もしくはコンテンツが悪いと短絡的に結論付けやすいですが、そもそもの動機づけも効果に影響をしていることを頭に入れておくと良いでしょう。
能力開発の具体的な3つの手法
能力開発の具体的な手法には、OJT、Off-JT、自己啓発の3つがあります。
OJT:職場内教育
OJTとは、On the Job Trainingの略であり、職場の上司・先輩が、実際の仕事を通じて、部下・後輩に、必要な情報・知識・技術・経験などを、指導・助言する教育のことです。OJTには、次のような特徴があります。
- 個人個人のレベルアップが目的
- 職場内で仕事に直結して実践的に教育できる
- どんな能力をどこまで期待しているかを個別に指導できる
- 上司の熱意と能力で成果が左右される
職場内で仕事に直結して実践的に学ぶことができるため、多くの組織で活用されています。一方で、現場の成り行き任せになりがちですので、「どこまでの能力を期待するのか計画を立てて上司と部下で共有する」「定期的に振り返り・フィードバックを実施する」、この2つを継続して行うことが重要です。
Off-JT:職場外教育
Off-JTとは、Off the Job Trainingの略であり、職場から離れた場所や時間で行う学習のことです。一般的には、研修や通信教育などが挙げられます。主に次の特徴があります。
- 全体のレベルアップが目的
- 教育体系にもとづいて実施できる
- 汎用的なスキルを身につけることができる
- 職場を離れた集合教育で個別指導ではない
- 上司や先輩の関与は少ない
金銭的・時間的コストは必要になるものの、ある階層やある部署において共通に必要な知識の一斉補充、受講者同士の交流によるモチベーション向上、問題意識の共有などが可能です。体系的な知識や専門性の高いスキルを身につけることができるほか、職場を離れるからこそ視野が広がりやすくなるなどの効果もあります。
自己啓発(SD)
自己啓発はSelf Developmentを略してSDとも呼ばれ、従業員の意思で自発的に学習することを指します。以下、主な特徴です。
- 受け身にならず、自己の意思で能力向上を図ることができる
- 目的意識や将来のあるべき姿、目標を明確にする必要がある
企業によっては、従業員に対して、研修やセミナー・書籍や通信教育などの費用を負担する形で自己啓発を支援しているところもあります。ただし、闇雲に支援するわけにもいかないため、金額や内容など、条件を決めて支援すると良いでしょう。
学びの変化に対応する能力開発
年功序列や終身雇用が崩壊しつつあり、働く人のキャリア意識も変わってきました。また、時代とともに必要なスキルや知識も変化しています。これまでの能力開発手法にとどまらず、内容や制度を見直していかないと望まない人材流出につながりかねません。
ここでは、新たに注目されている能力開発のリスキリングとリカレントについて、簡単に説明します。
リスキリング
リスキリング(Re-skilling)とは、時代の流れを見据えて今後必要とされるスキルや知識を新たに獲得する教育を指します。経済産業省も日本企業に「リスキリング」の必要性を提唱しており、働き方の変化やデジタルテクノロジーの進展により、変化に適応するためのスキル習得の重要性を説いています(参考:リスキリングとは ―DX時代の人材戦略と世界の潮流―│経済産業省)。
リカレント
リカレント(recurrent)とは、社会人になった後に必要となるスキルを、職を離れる前提で大学や資格講座などで学ぶことです。「働く→学ぶ→働く→…」のサイクルを回してスキルアップを図ることはもちろん、自身のキャリアプランを探索し、より充実したライフプランにつなげていくことを目的としています。
能力開発で企業を強くする
人は、経営資源(ヒト・モノ・カネ・情報)のうちのひとつで、企業を支える重要な要素です。大企業であれば、キャリアステップのイメージや人材育成体系が整っていますが、中小企業では人材育成をどのように進めていけば良いかわからず、場当たり的な能力開発になる企業も多く、モノやカネの対応に比べて後手に回りやすいのが現状です。
しかし、能力開発を適切に行うことは、個人の成長による「働きがい」を作るだけでなく、仕事の質や量の向上による「働きやすさ」を支援することにもつながり、これらが組織のパフォーマンスの向上に大きな影響を与えます。
多忙な現状に溺れることなく能力開発に時間を割くことで、組織としての筋力アップにつながることは間違いありません。「企業を強くする」という想いをもって能力開発に臨む企業がひとつでも多く現れることを、筆者は願ってやみません。
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