最近の「iPhone」「Pixel」シリーズに搭載されている、組み込み型のSIM「eSIM」。キャリア(携帯電話事業者)やMVNOのeSIMへの取り組みには大きな違いがあるが、一方で総務省はキャリアにeSIMへの早期対応を強く求めている。eSIMを取り巻く各者の動向を振り返り、その普及に向けた課題を探ってみたい。
もともとは法人向けだったeSIM
携帯電話の契約情報などが入っており、モバイル通信を利用する上で必須の存在となっている「SIM」。SIMといえばプラスチックのICカードという認識を持っている人も多いかと思うが、最近ひそかに採用する端末が増えているのが「eSIM」だ。
eSIMは「Embedded SIM」の略で、端末内部に組み込まれたSIMのことを指す。通常のSIMカードとは違って差し替えられないことから遠隔で情報を書き込める仕組みを備えており、キャリアを変える際も新しいキャリアの情報に書き換えればよいなど、オンラインの手続きだけで契約や解約ができるというのが、従来のSIMカードとの大きな違いといえる。
このeSIMが注目されるようになったのは、Appleの「iPhone」シリーズやGoogleの「Pixel」シリーズなど、eSIMを搭載するスマートフォンが増えてきたからだろう。国内向けモデルの場合、iPhoneは2018年発売の「iPhone XS」シリーズ以降、Pixelは2019年発売の「Pixel 4」以降であれば、eSIMが搭載されている。他にも、最近であれば「OPPO Reno5 A」(Y!mobile版を除く)にもeSIMが搭載されている。
だが、もともとeSIMはスマートフォン向けではなく、企業向けのいわゆるIoT機器向けに考案されたもの。例えば自動車会社が、通信機能を備えた車を多数製造して海外に輸出する場合、その1つ1つに輸出した国のSIMを挿入し、管理するというのは現実的ではない。
そこであらかじめ自動車にeSIMを載せておけば、輸出後に自動車のeSIM情報を遠隔で一括書き換えすればよく、手間を大幅に抑えられる。そうしたことからNTTドコモが現在でいうところのIoT機器向けeSIMサービスを2014年から提供するなど、法人向けのeSIMサービスは古くから存在していたのだ。
大手3社はなぜeSIMに消極的なのか
だが各キャリアのコンシューマー向けeSIMサービスの現状を見ると、Apple Watchなどデータ通信専用デバイスへの対応は進んでいる一方で、スマートフォン向けに関してはあまり積極的ではないのが正直なところだ。最も積極的にeSIMに取り組んでいるのは新規参入の楽天モバイルで、サービス開始当初よりeSIMへの対応を大きく打ち出している。
一方、既存の大手3社は消極的な姿勢が目立つ。とりわけ消極的なのが、法人向けでは非常に積極的だったドコモで、eSIMとの相性が良いオンライン専用プランの「ahamo」でさえeSIMを導入していない。
他の2社も、eSIMへの対応は打ち出しているが様子を見ながらの展開、というのが正直なところだ。KDDIがeSIMに対応しているのはオンライン専用の「povo」のみだし、ソフトバンクは全ブランドでのeSIM対応を実現したものの、オンライン専用のLINEMO以外ではeSIMをあまり積極的に扱ってはいない。
3社がeSIMに積極的でない理由の1つは、eSIM独自のセキュリティリスクにある。SIMカードはキャリアが信頼できるSIMベンダーを選んで調達して顧客に提供できるが、eSIMは端末メーカーがSIMベンダーを選ぶため、キャリアの管理が及ばない。そのため、セキュリティ上問題のあるSIMベンダーのeSIMを搭載した端末で利用されると、SIMの複製がなされ悪用される可能性があることを懸念しており、特にドコモはこのセキュリティリスクを懸念してeSIMサービスをしていないという。
そしてもう1つは、ユーザー側のリテラシーに起因する問題だ。そもそもeSIMでのサービス契約はオンラインでの手続きとなるため、基本的に自身で全ての手続きを済ませなければならない。しかも手続きには事業者から発行されたQRコードを読み取る必要があることから、手続きにはスマートフォンとは別にもう1台、インターネットに接続してQRコードを取得するための端末が必要になってくる。
それに加えて端末のSIMロック解除、APNの設定や構成プロファイルのダウンロードなど、通信できるようにするためにはさまざまな手続きや操作が求められ、利用するにはスマートフォンに関する一定の知識が必要だ。裏を返せば、そうした知識がない人がeSIMを契約しようとすると、多くのトラブルが発生して混乱が生じることとなる。
実際、ソフトバンクの常務執行役員である寺尾洋幸氏は、LINEMOのサービス開始当初、eSIMで契約しようとした人がそうした知識を持たないため途中でつまずいてしまい、多数の問い合わせが寄せられる事態に陥ったという。そこでソフトバンクでは400以上の改善を施し、ようやく通常のSIMカードと同じくらいスムーズな契約ができるようになったとしている。
ソフトバンクのLINEMO「ミニプラン」説明会より。eSIMによるサービス契約にはネットワークの設定に関するさまざまな知識や操作が求められるが、LINEMOでは当初そのことをよく理解していないユーザーからの問い合わせが多数寄せられたとのことY!mobileやソフトバンクでeSIMをあまり大きくアピールしていないのも、スマートフォンにある程度詳しい人が利用するであろうLINEMOでさえそのような状況であることから、より知識を持たない契約者が多いであろう2ブランドで消費者を混乱させないための措置のようだ。
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eSIMサービスを提供したくてもできないMVNO
一方のMVNOも、eSIM提供に向けた動きは鈍い。コンシューマー向けにeSIMのサービスを積極的に提供しているのはインターネットイニシアティブ(IIJ)の「IIJmio」くらいで、新プランの「ギガプラン」では2GBのプランで月額440円(税込み)と非常に低価格なサービスを提供するなど攻めの姿勢を見せているが、音声通話は利用できずデータ通信のみという制約もある。
だがMVNOの場合、eSIM向けサービスを提供したくてもできなというのが正直なところであろう。eSIM向けサービスを提供するには、先にも触れた通りeSIMに遠隔で情報を書き換える必要があるのだが、そのためにはRSP(Remote Sim Provisioning)という機能が必要になる。
だがRSP機能が使えるのは、MVNOの中でも自身でSIMを発行できるフルMVNOだけに限られている。だがフルMVNOとなるには多額の設備投資が必要なことから、規模が小さい企業には難しく、フルMVNOの数自体が少ないことがeSIM向けのサービスが増えない要因となっている。
またフルMVNOとなったMVNOも、その範囲はデータ通信に限られており、音声通話のサービスは提供していない。IIJmioのeSIM向けサービスがデータ通信に限られるのは、フルMVNOとしてのサービスがデータ通信のみに限られているからだ。
eSIM促進に大きくかじを切る総務省、一方で課題も
そうした状況を大きく変えようとしているのが総務省だ。携帯大手3社による寡占を長年問題視し、事業者間の乗り換え障壁を限りなく減らしたい総務省は、SIMカードの差し替え不要で、オンラインによる手続きのみで他社に乗り換えられるにeSIMのメリットに注目していた。そこで2020年10月に公表した「モバイル市場の公正な競争環境の整備に向けたアクション・プラン」でeSIMの利用促進を打ち出し、有識者会議「スイッチング円滑化タスクフォース」でも議論を進めてきた。
その結果、スイッチング円滑化タスクフォースの報告書ではキャリアに対し、「2021年夏頃をめどとして導入することが適当」と結論付け、とりわけ対応に消極的な携帯3社にeSIMの早期提供を求めるに至っている。またフルMVNOではないMVNOに対しても、eSIMサービスを提供できるようキャリアがRSP機能を開放することを求めており、その時期はキャリアがスマートフォン向けのeSIMサービスを開始するのと同じタイミングが適当としている。
一方、キャリアが懸念していたセキュリティに関しては、「GSMAによる認証を受けたサーバや暗号化された通信を利用等することにより、ベンダーと協力」することで、SIMカードと同等のセキュリティを確保できる仕組みが導入できるとしている。ちなみにセキュリティ上重要となる本人確認に関しては、音声通話サービス以外でも本人確認が望ましいとしており、その認証にはeKYC(電子本人確認)の活用が適当としている。
一連の総務省の動きを受けて、ソフトバンクは2021年7月14日にソフトバンクブランドでもeSIMのサービス提供を開始し、まだ動きを見せていないドコモとKDDIもこれに追随することになるだろう。またMVNOに向けたRSP機能の開放が進めば、今後各社からeSIM対応サービスが相次いで登場することとなる。それゆえ年内にはかなりのサービスがeSIM対応となる可能性が高いと考えられるのだが、実際の利活用を考えると課題が少なくない。
それはキャリアの懸念事項の1つでもある、ユーザー側のリテラシーに起因する問題に解決の道筋が示されたわけではないことだ。先のタスクフォースの報告省によると、利用者に向けたサポートに関しては「申し込みから開通までの一連の手続に関する利用者へのサポートの充実を図るべき」とされているのみで、リテラシー向上に向けた具体策に言及されていない。
各社の現状のeSIMによるサービスの契約・利用のスキームを見ると、正直なところ誰にでも勧められるとは言い難いと感じている。リテラシー向上が進まない中でeSIMによる乗り換え促進を推し進めるのには、やはり無理があるのではないかというのが筆者の見方だ。
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からの記事と詳細 ( 「eSIM」で乗り換えは促進されるのか? メリットと課題を整理する(1/2 ページ) - - ITmedia )
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